なぜ走る? 文化系レベルランニング

東京マラソン2010にたまたま当選してしまった「読書が趣味」の文化系人間。40代半ばを過ぎた今も、なぜ走り続けているのか? 走ることの意味を問い続ける平凡なランナーが、身体や心理のことからグッズ、レース、書籍のことまで幅広い視点から展開する、一味違うランニングブログです。

カテゴリ:マラソン大会 > 東京マラソン

今年は運良く東京マラソンに当選し、2月24日(日)東京を駆け抜けてきました。


この時期、確定申告などで忙しく、なかなかブログにまで手が回りません。
少し遅くなってしまいましたが、東京マラソンの記録をご報告したいと思います。

ご存知の通り、今年の東京マラソンでは設楽優弥選手が日本記録を更新し、何かと話題になっていました。
私も設楽選手に負けないぐらい気持ちだけは頑張りました!



前日の受付


東京マラソンは前日までに受付を完了しゼッケンなどをもらう必要があります。
受付会場となる東京ビッグサイトに到着したのは、前日の13時過ぎ。係員の誘導に従って受付を目指しましたが、そこにたどり着くまでには長蛇の列が・・・。

列は会場の建物から屋外に延びてくねくねと蛇行。その距離は1キロぐらいになったのではないかと思います。受付にたどり着くまでに1時間。私より30分遅れて到着した人達はもっと時間がかかったのではないかと思います。


受付では顔写真を撮影のほか、腕にはプラスチックの輪っかをはめてもらいます。セキュリティ上必要なこととは思いますが、受付の列は長くなるし時間はかかります。もう少し簡易化されると良いかなと思います。


受け付け会場では東京マラソンEXPOが開催されていました。マラソン大会に併設のイベントとしては、おそらく日本一の規模です。スポーツ・医療・食品などの企業や団体が出店していて楽しいのですが、人が多くて疲れます。翌日のレースを考えて早々に退散しました。



レース当日朝


5時に目覚め、ホテルの部屋で早速準備を開始しました。
レース用の「衣装」に着替え、朝ごはんにはコンビニのおにぎりを3つ。その後、トイレを済ませ、
荷物をまとめて少し時間が余ったのでストレッチなどをして、いざ新宿に向けて出発!


移動の地下鉄では、新宿に向かう多くのランナーたちに出会いました。 車内にいたイギリス人の男性と話をし、新宿まで一緒に行きました。見た感じ60歳ぐらいの男性でしたが、今回は3時間40分ぐらいで走りたいとのこと。



会場入り、整列、そしてスタート!


新宿駅には8時前に到着。

会場に入るにはセキュリティチェックを受ける必要があります。しかし、会場内のトイレは混むものなので、その前に公衆トイレに寄っておきましたが、やはり、これが大正解。
荷物を預けて、念のため最後のトイレに向かうと、そこにはやはり長いの列が・・・。列はなかなか進まず、整列時間に間に合いそうになかったので、直前のトイレは諦めることとなりました。


スタート時間は9時10分。私の整列場所はBブロック。周りには外人もたくさんいて国際色豊かです。
私の前にいたイギリス人とおぼしき若い男性はなぜか座り込んでいます。日本人にはいないタイプなので、これもまた国際大会の醍醐味だなどと、感心しました。


9時10分号砲。東京マラソン名物の紙吹雪が舞い上がりました。それが丁度、前を走るランナーの頭に乗っていたのでちょっと笑えました。

私のスタートは号砲から約2分。東京マラソンはもっと時間がかかると思っていたのでラッキーでした。



スタートから20km

東京マラソンの前半は7km地点まで下り基調です。私は、この下りを利用して前半に貯金をしておくプランを立てていました。
走ってみると体が軽く調子がいい。良い記録が出そう。
しかし、30km過ぎからペースが落ちるのがフルマラソン。あまり飛ばしすぎないように注意しつつキロ4分30秒のペースを目安に走りました。


東京マラソンは参加者が多く、周りを走るランナーの数は地方の大会とは比べものになりません。いつもなら何人か目安になる選手を見つけて走りますが 、東京マラソンではランナーが多いので自分の時計と距離表示を目安にしました。


また、東京マラソンが他の大会と比べて沿道の応援が多いです。今回は友人が何人か応援に来てくれていて、飯田橋・浅草・品川で待っていると連絡がありました。せっかく来てくれるので、この3ヵ所ではしっかり走ろうと心がけました。

飯田橋に来るとガードを過ぎた6km地点付近で友人を探しましたが、見つかりませんでした。東京マラソンは応援も多いので、はっきり言って沿道の友人をランナーが見つけるのは困難です。
15km地点の浅草には、飯田橋よりもさらに多くの観客がいましたが、応援の友人が見つけてくれたため、挨拶することができました。応援の皆さんは事前に相手の「衣装」を確認しておいて、マラソンの「応援ナビ」などで走行している位置を確認して、ランナーを発見することをお勧めします。



20kmからゴールまで


20kmまでは快調に走りました。20kmの通過タイムはほぼ予定通りの1時間32分。 このタイムで通過したとき、私は自己ベストを大幅に更新するような予感がしました。
しかし、やはりフルマラソンはそんなに甘くありません。
26kmの浜町の明治座付近で、お腹に差し込むような痛みが起こりました。少しペースを落として我慢すると、なんとか痛みは治りましたが、それは始まりにすぎませんでした。


30kmの有楽町あたりから左膝裏が痛みだし、大幅にペースダウン。予想されたこととはいえ実際にペースが落ちると結構ショック。さらに輪をかけたのは、前半に追い抜いた人たちが、涼しい顔で私を追い越して行くことです。
前半のオーバーペースが原因です。
もちろんマラソンではよくあることですが、「また同じ失敗をしてしまった」と自分の愚かさが身にしみます。
前半調子が良かったのはランナーズハイでした(笑)。


36kmの品川では友人が声をかけてくれました。
しかし疲れた私には、もはやそれに応える気力はなし。もしかしたらひきつった笑いを見せていたかもしれません・・・

37km過ぎからは、あまり速くないちょうどいいペースの外人さんがいたのでその背後ずっとをかけることになりました。なんとか食らいついていこう38km地点までその背中を見ていましたが、結局最後は振り切られました。

そして残りあとわずか。石畳のような最後の直線。もうゴールは近いのだと気力をふり絞りましたが、もはや体力なし。
この石畳の道、思ったよりかなり長かった。いつまでたってもゴールが見えません。
「あーあー、果てしーないー」という昔の歌を思い出しました(クリスタルキングだったか?)。


そして、遠くに見えていた信号に近づくと、前を走るランナーたちが左に曲がっていくのが見えます。
「おお、あそこが最後のカーブに違いない」と元気100倍。最後のスパートにかかります。周りのランナー達も考えることは同じのようで一様にペースが上がっていきます。全員ぺースが上がるので、位置関係はあまり変わりありません。そして最後の直線、ゴール手前20mくらいで、前のあんちゃんが両手を広げるから邪魔(笑)。
このあんちゃんの腕をよけて、疲労困憊のゴール。


記録は3時間16分
なんとか自己ベストを更新することができました。


ゴール後

ベスト更新に嬉しい気持ちはありましたが、自己ベスト出した後はだいたい身体がシンドイ
とにもかくにも疲労困憊。

しかも東京マラソンは参加人数が多いためゴール付近で座り込むことができません。
係員に誘導され、てくてくと歩いて行きました。やがて水をもらい、さらに歩いてタオルやら食べ物やらメダルやらをもらい300mぐらい歩いてようやく荷物受け取りにたどり着きました。

もう少し遅いタイムになると、荷物の場所がもっと遠くにあったようです。ゴール後の歩行は大変だったでしょう。

しかし、ゴールが東京駅なのでとても便利です。ゴール後の歩行はシンドイですが、着替えた後の地下鉄移動は近いので楽。友達の待つ市ヶ谷の飲み屋に向かい、1時間後には生ビールを頂くことができました。



今回のシューズ


使用シューズはスカイセンサーでした。
去年のフルマラソンの勝負レース「静岡マラソン2017」では、ウェーブエンペラーTRを使用しましたが、今年履いてみるとフィット感がイマイチだったためスカイセンサーで調整しました。

東京マラソンでは、このスカイセンサーが最初から最後まで問題なく私の走りをサポートしてくれました。
20kmまでのキロ4分20秒のペースでも、とても軽快。後半疲労からフォームが崩れても、中で足が滑ることもなく最後まで靴擦れなどはありませんでした。

スカイセンサーは結構気に入っているので、新しい型のをもう一足買おうと思っています。しかし、スカイセンサーは値引きが少なく、デザインも奇抜な感じ・・・。まだ購入をためらっています。



まとめ


東京マラソンは当たらないものです。
私のまわりには一度も当たったことがない人が多数います。

しかし、私は今年3回目の出場をすることができました。
こんなところで運を使っていいのか分かりません。
しかし、そういう星の元に生まれた人間であるのだろうとポジティブに考えることにしています。

やっぱり東京マラソンは最高です。大会規模、コース、走りやすさ、応援の数などなど。

来年もくじを当てて、自己ベスト更新を目指します。
今日からまた応募のクリックの練習です!(笑)


2月28日9時10分、みぞれ混じりの雨の中「東京マラソン2010」がスタートしました。

スタート直後はすっかり冷え切えた体は硬直。一緒にいたOさんとKちゃんとは、ランナーの人混みの中ですぐに分かれてしまいました。沿道には応援するひとがいっぱいで、ちょっとだけヒーロー気分。周りには仮装ランナーが様々な衣装で沿道の人たちを楽しませています。これが東京マラソンか!と感動しました

濡れた路面で靴はかなり重くなっていましたが、体調は悪くない。それなりに鍛えた脚は15km過ぎても持ちこたえました。20㎞過ぎても痛みは無く、奇跡が起きたと思いきや、25㎞付近の浅草橋の辺りかから、右脚の腸脛靭帯に違和感が起こり始めました。「やっぱり来た!」と少し落胆しましたが、冷静になり、無理せずペースを落としました。

浅草雷門を折り返し30㎞にさしかかるころから時々歩くようになりました。その辺りに友人が応援に来てくれていたので、無理して走って「大丈夫、大丈夫、頑張るぞ!」とニセの笑顔。しかし、銀座・歌舞伎座と35㎞に向かうころには、ほとんど歩いていました。

幸い雨が止み、体は冷えませんでしたが、疲労と脚の痛みはかなり増していました。。これがフルマラソンか。周りを見ると、スプレーを借りてシューシューやってる人、マイペースで走る人、食べ物をもらったりして楽しんでいる人、苦痛そのもので歩く人など様々。マラソン初心者らしきひとの多い私の集団は、まさに「人生いろいろ」でした。

そして、佃大橋の長い坂を歩き、豊洲駅をすぎ、必死でゴールを目指し、ひたすら我慢。応援が多い東京マラソン。いつまでも続く応援を励みに前進しました。

40㎞を過ぎると疲労と脚の痛みは極限に。やがてゴールが見えた時は感動したというより、「この苦痛があと少しで終わる」と思いました(笑)。ゴール手前では応援もさらに増え、歩いている自分が恥ずかしいけど体が動かない。最後だけは何とか走るような足取りにして、ゴール!タイムは5時間58分。とにかく終わってホッとしました。

着替えを済ませて、疲労で動かぬ体を動かして仲間の待つ居酒屋に移動。仲間たちの祝福を受けて乾杯!OさんとKちゃんも後から合流し、3人とも完走を果たしたことを祝ったのでした。

初フルマラソン完走。感動よりも苦痛の終わりにホッとした。これが正直な気持ちでした。

「東京マラソン2010」の当日、50代半ばのOさん(男)と30歳のKちゃん(女)と共に、文系オジサン(当時39歳)はスタート会場に入りました。

Oさんは私同様、冷やかしで応募したら当たってしまった人で、マラソンは完全に初心者。Kちゃんはマラソン歴2年の女性ランナーですが練習量は少なく、完走を目指すレベル。つまり私の仲間内で当選したのは、全員初心者。なので、数回一緒に練習したときは、同じレベルだったのでみんなでアドバイスしつつも、何となくライバル視するような気持ちもわずかにあって・・・

 私 「しかし、完走できるか心配ですよ」
Oさん 「何言ってるの。あんたたちは若いんだから大丈夫。私は膝が痛いしね・・・」
 私 「膝なら僕だって痛いですよ」
Kちゃん 「二人とも男なんだから頑張ってよ。わたし、ほとんど練習できなかったから、完走無理かも・・・」

こんな感じのネガティブトークがスタート前に炸裂していました(笑)。
不安がちょっと大きくて、失敗した時の言い訳みたいなものがついつい口にでてしまうんですよね。

やっぱり、マラソン大会は緊張する!

これは今でもそうですが、スタート前はどうしても緊張します。そして、トイレに行きたくなります。

2010年の東京マラソンはみぞれが降る悪天候。雨除けのゴミ袋を身にまとって、3人で震えながらスタート地点に並びました。

「横田基地マラソン2010」を終えると、「東京マラソン2010」へ残すところ5週間となりました。

この時、ハーフマラソン初完走を達成して脚力もついてきたので、勢いがあるうちにフルマラソンに向けて練習を開始。
横田基地のハーフマラソンは途中歩いてしまったため、21㎞を歩かずに完走することを目標として週末練習を行いました。

「ハーフ21㎞走ることができれば、残りを歩いたとしても7時間の制限時間内に完走できる」

細かく計算したわけではありませんが、ハーフマラソンを完走してみてこんな実感を得たので、Googleマップで調べて20㎞のコースを作って、さっそく翌週末からチャレンジしました。

第1週は、ゆっくり慎重に走ったものの、途中から例の持病(腸脛靭帯炎)が起きたため、ひどくならないうちに引き返しました。
第2週は、もうすこし走れましたが、また持病再発のため16㎞くらいしか走れませんでした。2週連続。ほとんど絶望的な気分。
第3週、ついに奇跡がおきました。脚に負担がかからないように、そっと、そぉっと走ると、痛みはあったものの何とか21㎞完走できたのです!

おっかなびっくりでも21㎞走りきる脚力が完成!

大会開催の2週前にハーフマラソンを走りきることができたことはかなりの自信になりました。
と同時に、文系人間の身体にも変化が表れ、少しずつですが、自分がスポーツマンになったような気分(※たぶん運動不足が解消された実感のようなものではないか)を味わえるようになっていました。

「東京マラソン2010」出場が決まった2009年秋、フルマラソンの前にハーフマラソンに出ておいた方がいいと友人に言われ、「諏訪湖マラソン2009」にエントリーしました。
半分旅行目的で、「誘われたから」というだけの主体性ゼロ。

とはいえ、21kmという距離ですら、マラソン未体験の当時としては、まったく未知の距離。さすがに練習は必要と思い、まず10月末開催のこの大会で21㎞完走を目指し、ランニング練習を始めました。

私も当時はまだアラフォー30代、頭も身体も今よりずっと「キレ」があったはず・・・たぶん。歩くことは嫌いではなかったので、5kmくらい東京の街をブラリと散歩することはたまにありました。
さて、諏訪湖マラソンへの練習はというと、自宅近くの小川にちょっとした公園が1kmほど整備されていたのでこれを利用し、往復約2㎞程を走ることにしました。2kmといえば、ハーフマラソンの10分の1ほどの距離ですが、基本的に文系運動不足人間の自分にはなかなかの距離。ジョギング程度のスピードでも走り終えると心地良い疲労を味わうことが出来ました。そして、

練習後に飲むビールが最高にうまい!

まだ20㎞はおろか10kmもまともに走ったことのない気楽な初心者ランナーの軽い練習。軽いわりには簡単に得られた大きな充実感。シャワーの後の冷たいビールの喜び。さらに続く心地よい眠り。何の主体性もなく始った私のランニングですが、出だしはかなりうまい具合に生活に刺激が加わってとてもとても新鮮で楽しいものとなりました。

この頃の爽快感は、読書が趣味の文系人間には意外な驚きで、身体を軽視し頭でっかちだった自分を改めるきっかけとなったでした。

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