なぜ走る? 文化系レベルランニング

東京マラソン2010にたまたま当選してしまった「読書が趣味」の文化系人間。 それ以来、50歳を過ぎた今も、なぜか走り続けています。 走ることにどんな意味があるのか? 「からだ」「こころ」「グッズ」「レース」「本」などから、走ることについて考える、ランニングブログです。

カテゴリ: 時事ニュース・季節ネタ

昨日、2月3日、寒風が吹く夜を頑張って走りに出ました。

3月5日の静岡マラソンが近づいているため、たとえ寒くても走る時間を作らなければならないからです。

夕食を食べた後、何とか自分を奮い立たせて19:20頃にスタート。
最初の1kmくらいの出だしは身体が動かず辛いものがありますが、キロ5分半くらいで3kmほど走ると身体もたいぶ慣れてきました。

と、その時、前方の南の空に明るい花火のようなものがサーっと流れていきました
流れ星としたらデカ過ぎるので、花火かと思いました。
が、しかし、「冷たい風が吹く冬の夜に花火というのも、中学生でもやらないかな」などと思いつつ走り続けそのうち忘れていました。

15kmほど走って無事帰宅して、シャワーを浴びてのんびりテレビを観ていたら、走っているときに見た「デカい花火のような流れ星」が映像に現れました。

どうやら私が見たものは、「火球」と呼ばれるもののようです。

ニュースはこちらです↓

テレビ朝日系(ANN) 


走っていても、面白い出来事に出くわすことはあまりありません。
特には転んでケガをしたりすることぐらいが事件で、交通事故の心配をしながら用心深く走るのが普通です。

昨日はちょっとしたサプライズで、このことを人に話したりしてネタにもなりましたから得した気分になりました。

屋内でランニングマシンに乗っていてもこういう変わった出来事に遭遇することはありません(その代わり、交通事故には遭いません)。
これからも時々、冬の夜でも外を走ろうかなと思い始めています。


 

1月3日は箱根駅伝復路の日です。
昨日、箱根駅伝はドラマを求めると書きましたが、今日は復路の7区で2つのドラマありました。 

1つは、トップを走る優勝候補の青山学院の田村選手のスローダウン
脱水でスピードダウンしても、テレビでは1km3分24秒と言っていましたから、私からすればまったくの超人なのですが、それはさておき、この区間の残り5kmほどの田村選手の苦しそうな表情は完全なドラマでした。
脱水だからヘタをすれば命に関わります。田村選手の後ろで車内で見守る原監督は気が気ではなかったでしょう。ここには指導者のドラマが・・・
追走する 早稲田大学の井戸選手もだんたん距離を縮めてくる。田村選手は苦しそうで、完走できるのかどうかもわからない不安な状態。果たして襷はつながるのか!?
かなりドキドキしながらレースを見守りましたが、田村選手は何とか粘って1位を死守して襷をつなぎました。
感動しました!


もうひとつのドラマは、第7区最後の選手となった国士舘の戸澤選手の襷リレー
先頭走者から20分遅れたチームは繰り上げスタートとなりますが、そのリミットまであと数分という状況。襷を受ける本多選手が繰り上げの「予備襷」をかけて8区中継所のスタートラインに立っています。残り500mほどで戸澤選手は母校の襷を外して手に握りしめます。あと少し・・・。残り時間と残りの距離を考えると繰り上げスタートは避けらないことがテレビの視聴者にはわかります。
戸澤選手が襷を渡すために必死で走る姿がテレビに映る。カメラが中継所に変わり、本多選手が「予備襷」でスタート。その数秒後、カーブを曲がって姿を見せた戸澤選手。そこで襷をつなげなかったことを理解したことでしょう。そして、数秒後に襷を握ったままゴール。崩れ落ちる戸澤選手。握られた襷をカメラが映し続ける。完全なドラマでした。 

テレビ的な演出がやや強いと言えないこともないですが、それでも感動してしまうのが箱根駅伝という物語
この後はどんな展開になるのかわかりませんが、各ランナーがそれぞれの走りをして、テレビには映らないドラマを演じていることでしょう。

箱根駅伝に出られるような選手は、大きな物語を演じる神々ですが、私のような文化系ランナーでもマラソン大会にでればプチドラマがあったりします。練習不足で足が痛くなって歩いてしまうのもまたドラマなのだろうか、と考えてしまいましたが、参加しなければそれは起こらないわけですから立派なドラマなのだ、とポジティブに捉えることにしました。

これからもプチドラマを紡いでいくつもりです。


 

今日は1月2日、箱根駅伝の往路がテレビ中継があります。
有名どころの大学や選手の争いや、アフリカ人留学生のゴボウ抜きなど楽しみ方もいろいろ。

私は、箱根駅伝の「ドラマ」が大きな楽しみのひとつです。
例えば、スローダウンしてヘロヘロになってしまうランナーが、毎年必ず何人かいます。原因は、もともと体調が悪かったのか、脱水なのか、ケガなのか、わかりません。注目度が高い大会なので、夢の舞台に立ったことで生まれるプレッシャーが大きく影響するのでしょう。こういうランナーの頑張りをつい応援してしまいます。
また、ダークホースが予想外の快走をみせて区間賞ということもありますし、注目選手が今一つの成績に終わることも。そういうドラマを求めて箱根駅伝を観ます。

こうしてあれこれ考えてみて、あることに気付きました。それは、「箱根駅伝は、高校野球に似ている」ということです。

甲子園の高校球児も、箱根の大学生ランナー達もどちらも社会人でもプロでもありません。結果は重要ですが、各選手にとって死活問題というわけでもありません。注目度が高い大会だけに、もしそこで活躍すれば、日本全国で有名になります。だからと言って、それで賞金がもらえるわけでもない。
甲子園と箱根駅伝でメリットがあるのは、参加して名前が出る高校・大学と、コンテンツとして視聴率や販売部数が上がるテレビ局や新聞雑誌の各社というところでしょう。

また、二つの大会には長い歴史があり、数々の有名選手を輩出しています。
彼らがプロやオリンピックで活躍してスターとなり、甲子園や箱根路の思い出を語ることで、この物語性が強化されていきます。大会経験者が活躍することで、大会の価値が上がり、活躍する人が増えれば、物語を語る「語り部」も増えて物語の「神話性」も増していきます(スターたちは神様みたいなものです)。語り部が増えれば、その話を聞く機会も聞く人も増えるため、さらに物語の神話化・ドラマ化が進んで行くことになります。

これとは逆に箱根駅伝や甲子園で絶頂を迎えてしまい、その後は競技を一切やめてしまった。あるいは、そこで活躍してしまったがために夢を追ったが、実力の見積もりを誤っていてその後全く通用しなかったというドラマも生まれることになります。甲子園や箱根路に巣くう魔物。「人生を狂わせた魔物」という物語も裏舞台で作られ、テレビや雑誌で目にすることもあります。

ランニングに話を戻すと、競技自体は走るだけですから、私のような文化系でも入りやすい競技です。そして、箱根駅伝はおろか、地方の草大会で入賞することも程遠いような自分が、魔物に囚われてしまうようなことはそもそも有り得ないのですが、物語としての駅伝を楽しんでしまうことで「神話性」の強化に加担している面もあるなあ、と思った次第です。

もっとも、これを純粋に競技として見ると、学生トップに位置する選手たちの走りは、腕の振りや足の運びなど参考になります。学生ゆえに粗削りな感じの選手もいて、そういう選手のぎこちなさが逆に修正点として参考になることもあります。しかし、どのランナーも私からすれば異次元の速さで、タイムを見ると驚嘆せずにはいられません。

現在、往路も第4区に入りました。どんなドラマが起こるのか楽しみです。


 

いよいよ今年も残すところあと3日となりました。
箱根駅伝ももうすぐでお正月が楽しみです。
本当に楽しみなのですが、今回の話題は箱根駅伝ではなくて、次のニュースのです。

「アマゾン多過ぎ」ヤマトドライバーから悲鳴続出、「利便性」が生んだ過酷な実態


アマゾンで物を買う人が増えすぎて、アマゾンの荷物を配達するヤマトのドライバーが大変というのです。特に、留守宅には再配達しなければならず、荷物を持ち帰って再度戻ってこなければなりません。しかも12月はお歳暮シーズンで他の荷物も増えてきます。

私は大学3年の12月に、ある運送会社でお歳暮配達のアルバイトをしました。時期が時期だけに、12月で休んだのは4日程度だったはずです。学業の方は当然あまり頑張りませんでしたが、とくに単位を落とすこともなく切り抜けた記憶はありますが褒められたものではありません・・・。

このアルバイトの1ヵ月間はよく走りました
お歳暮の缶詰・お酒・調理用油・洗剤などのほかに、時期的にリンゴやミカンの箱などなかなか重たいものもありました。それを担いで走るのです。

なぜ走るのか?
配達は走らないと仕事が終わらないからです!
それにたくさん配ると歩合給の部分が増えるので給料が増えます。

この頃は21歳でしたからエネルギーがみなぎっていましたし、本当によく走りました。
朝の8時半から夜の8時くらいまで走っていましたから、時間だけならウルトラマラソンくらいは走っていたといえます。ただし、配達先の家までの移動は軽トラックでしたから、自分の脚で走ったのは軽トラから玄関まででした。

しかし、玄関までだからといって侮ってはいけません。車が近くに停められず、けっこうな距離を段ボール箱を3つ4つ抱えて走ることもありますし、不在であれば不在表を書いて残し、また荷物を持って軽トラまで戻らなければなりません。時には、エレベーターのない建物の6階まで階段を登りったりしますから、当時は足腰がかなり鍛えられていたことでしょう。

ただ当時は自分の脚で走ることは、お金が増えることにつながっていたため、肉体的に疲れたものの、それ程抵抗はありませんでした。今現在は、走ることでお金がもらえることはありません。むしろシューズや大会参加費などお金を払って走っています。しかし、楽しんでやっている上に健康にも良いので得をしていると考えられます。

では、ヤマトのドライバーさんはどうでしょうか?
どんどん荷物が増える上にサービス残業までさせられては、損をしていると感じるのが普通でしょうね。また、私の学生時代よりも駐車違反の取り締まりも厳しくなっていますので、自分の脚で走る距離も長くなっているのではないでしょうか?

インターネットが普及したことで新しいサービスができて、日常生活は便利さを増していますが、昔からあるような古いタイプの仕組みのまま回っている仕事では、働く人たちに負担がかかることが少なくないようです。かといって、アマゾンを無くせば解決という話でもありません。新しいシステムと古いシステムが並列すれば、そこにはは齟齬が生じるものですので、いち早く解決策を見つける必要があります。

マラソンがいち早くゴールにたどり着くのが目的だからといって、途中で自転車に乗ったり、コースをショートカットしてよいわけではありません。電車も早く着くと便利だから全て特急電車すればよいというわけではありません。
「便利さ」はとても魅力的ですが、そのために変えてしまうものが何なのかをよく考えて新しいシステムを導入したいものです。


昨日は解散が決定したSMAPがグループとして最後の番組出演をしたとテレビで話題になっていました。
これについて芸能界の大御所ビートたけしさんが、東スポWEBの「たけし世相斬り」でこんなコメントをしていました。
 
それはともかく、SMAPは解散した後が問題だよ。仕事がなくなったら「お前ら、SMAPだったから仕事があっただけだよ」って言われちゃうから、そうならないようにしないと。でも落ち目になるヤツも出てくるだろうね。中居と木村は大丈夫だろうけど、あとはちょっと厳しいかな? みんな、ジャニーさん(喜多川社長)とSMAPという名前で主役張ったりできたけど、それもなくなるから。

 でも、いいように考えたら、ここからが実力の見せどころで、今まではSMAPの中では脇役だったけど、ここから中心にのし上がったら大したもんだよ。でも芸能界は、そう甘くはないけどね。 
 

解散騒動について私はテレビやネットのニュースで知る程度で詳しくは知りませんが、解散には木村さんが反対の立場で、中居さんも解散には消極的だったというような報道があったように記憶しています。真相は藪の中でわかりませんが、たけしさんのコメントを見て、メンバーのうち成功している立場の二人が解散には反対で、他の3人が賛成であるとしたら、それは理解しやすいと思いました。

人間には承認欲求というものがあって、男性は特に仕事や社会的地位などで認められることを望みます。マラソンのタイムもまた承認欲求が少なからず関わっていて、よい記録を出して自慢したい気持ちが私のような平凡なランナーにもいくらかはあります。

SMAPの解散消極組の2人はたけしさんが認めるくらいにすでに芸能界でも認められています。これに対して他の3人は「脇役」という立場。SMAPという看板を外すと何が残るかわからないという位置付けです。この状況はすでに固まってしまっているため、脇役3人が自分の実力で主役になろうとしても、世間はSMAPの一員としてしか見てくれません。

解散の原因には事務所の騒動やらメンバーの確執やらいろいろ報道されていますが、結局、解散を望むメンバーは自分の実力を試したかったのではないか、という気がしています。認められているのは44歳の兄貴分2人。他の3人は年下といっても43歳、42歳、39歳。皆さんすでに世間的には中年ですから、「もう脇役は十分」と思っても当然です。自分の実力か何なのかよくわからないのに人気があるのは、居心地が悪いかもしれません。

失敗してもいいからチャレンジしてみたい。
体力もちょうど落ち始めるアラフォー世代は、体力、気力、自分の立場、そういった自分を形づくる部分に敏感になってきます。そこで新しいことに挑戦したくなるのです。

たけしさんの言う「でも、いいように考えたら、ここからが実力の見せどころで、今まではSMAPの中では脇役だったけど、ここから中心にのし上がったら大したもんだよ。でも芸能界は、そう甘くはないけどね。」という言葉は、
そんなチャレンジャーに対する最高のエールでしょう。

そのまま解散せずにいれば、たとえ脇役であったとしても一生安泰だったのですから、解散はやはり勇気ある決断です。普通の会社員が自分の力を信じて、待遇には不満もない今の会社を辞めたり、異動を願い出たりすることはなかなかできるものではありません。
アラフォー世代にマラソンを始める人が多いのは、SMAPと同じような大きな決断はできなくとも、何かを変えたいという気持ちと、新しいことに挑戦したいという気持ちを同じように持っているからだと私は思っています。

 

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