先日、「夜と霧」でナチスの強制収容所体験を描いたヴィクトール・E・フランクルの思想について書かれた「知の教科書 フランクル」(諸富祥彦著)という本を読んでいたら「中年クライシス」という言葉が出てきました。


「中年クライシス」とは

「中年クライシス」とは、人生の折り返し地点にさしかかった中年世代が自分の人生の意味を問い直す際に生じる心理的不安定、といったもので「中年の危機」とも呼ばれます。中高年になった人間が、若い時にあった可能性を失ったとき、現実の自分をどう受け入れていくかが問題になります。

「自分が本当にしたいことはなにか」という自己実現の問いが若い世代の問いであるのに対して、「自分の人生を意味あるものとするには、残りの人生をどのように生きるべきか」という意味実現の問いあるいは使命実現の問いが中高年の問いとなると著者の諸富氏は言います。

私はこの部分を読んで、40歳前後でマラソンを始める人が多いことと「中年クライシス」には何か関係があるのではないかと考えました。


私がマラソンを始めたのも中年期

私がマラソンを始めたのは38歳の時で、やはり中年に差し掛かった時代でした。マラソンのきっかけは、東京マラソンにたまたま当選したことで、精神的不安や残りの人生についての考えがあったわけではありません。しかし、フルマラソンに応募して、しかも出場したということは、人生の下り坂を無意識に感じ取っていたのかもしれません。

40歳ぐらいになると、30代前半までと比べて疲労や怪我からの回復力がかなり落ちてきます。また、社会的には家庭を持ったり、会社でのポジションがほぼ見えてきたりと、後半の人生に大きな変化の可能性が感じにくくなってきます。そういう時に、マラソンに目覚めるというのはどういうことなのでしょうか?


ランニングを始めたきっかけは?

世間の人がランニングを始めた動機についてネットで調べてみました。
RUNNETの「ランナー世論調査2016」によると次のようになっています。

RUN始めの動機

第1位が「運動不足解消」、第2位が「健康のため」、第3位が「ダイエット」、と上位3つが身体的なもので、精神的な何かに関するものは第4位の「ストレス解消」、第8位の「楽しそうだから」、第9位の「精神鍛錬のため」でした。
ランニングを始める動機は、やはり身体的なものが普通です。
「最近、太ってきたから走るかあ」「健康診断の結果がヤバいから走る」というのがよくあるものでしょう。
しかし、始めるきっかけというのは、単にきっかけでしかなく、同じ始めた人の中でも続く人と続かない人の間には大きな隔たりがあります。
そこで、同調査にある「続ける理由」というものも見てみることにします。


ランニングを続ける理由

RUN続ける動機

ランニングを続ける理由は、第1位が「レース出場にむけて」、第2位が「健康のため」、第3位が「楽しいから」となり、純粋に身体的なものではない「レース出場」と「楽しさ」が上位に入ってきました。第5位の「目標達成のため」第6位の「走力向上のため」はレースタイムや完走などが関係していて、何らかの成長を求める向上心が関わっていると思われます。

RUNNETはレース情報と申し込みがメインのサイトですから、ここでアンケートに答える人はレース経験があるひとばかりだと思いますが、ランニングを続ける人の多くは、健康や体力維持のためだけはく、自分自身の進歩・進化というものを念頭に置いていると思います。私もまた、ご存知の通り、レースタイムを上げて自分が進歩していくことに楽しみを見出しています。


ランニングをやめる理由

●上り坂世代(若者)

ところで、こちらの記事(1年以内にランニングを辞めている人は約7割! その理由は?…デサント調べ)にデサントさんの調査による「6ヵ月以内にランニングをやめた理由」が出ていました。
5位までだけを紹介しますが、下のようになります。

 1位:走ることが億劫になった
 2位:仕事など他のことが忙しくなった
 3位:生活リズムの変化により走る時間がなくなった
 4位:なんとなく走りたくなくなった
 5位:精神的な疲れ

何となくわかりますね。走り始めた人が、走ることに興味をもてなかったのでしょう。
この調査は20代・30代の男女225名を対象に行ったそうですが、まだ人生上り坂な感じの人たちの答えのような気がします。走らなくても他にも楽しみがいっぱいある感じだし、まだまだ他に自分のやりたいことを追求できる余裕がある気がする(笑)。
 
ここからは、統計ではなく私の知人についてのことになりますが、私は、マラソンを始めたもののやめてしまった20代女子を3人ほど知っています。やめた理由は、ひとりは「レースに出てみたが疲れただけだった」、ひとりは「友達(女子)と比べて肌が黒くなっていることに気づいて嫌になった」、もうひとりは、「仲間どうしの付き合いで走っていたのだが、付き合いがなくなってやめてしまった」というものでした。タイムでも楽しさでも、何でもいいから走ることそのものに何らかの意義を見出せないと続かないものでしょうね。

●下り坂世代(中高年)

ランニングを続けていてやめてしまった中高年男性も3人知っていますが、ひとりは60代で「心臓病でドクターストップ」、ひとりは50代で「膝が痛くなりなかなか治らずやめた」、もうひとりも50代で「がんの手術をした」という理由です。中年以上の男性は健康を害してやめるひとが多いです。理由もなかなか切実・・・。走ること自体は続けたいけれど、身体がいうことを聞かないということでしょうね。中高年の女性は、私の周りの女性は皆続けているので、やめる理由はわかりません。


マラソンがもたらすもの

ランニングをはじめるきっかけは、一般的に、「健康」と「美容(ダイエットなど)」についての動機であることが一番のようです。きっかけがあれば、すべて人にランニングへの道が開かれるのですが、相性があり続く人と続かない人に分かれることになります。
若い世代は、家庭を持っていないひとも多く、仕事の能力もまだまだ発展途上。遊びもいろんなことをしたいですから、ランニングを始めるきっかけがあっても長続きするひとは少ないかもしれません。数ある可能性と選択肢の中からランニングを選んで続けるには相性がかなり良くないと難しい気がします。

中高年は若者に比べて、スポーツをはじめるにも選択肢がすくないですし、仕事や家庭についてもある程度落ち着いているひとが多く、健康のことも考えればランニングを続けやすい条件がそろっているようです。
調査結果を見ると、ランニングを続ける理由は「レース出場に向けて」が一番で、健康だけでなく楽しさや達成感、記録の向上など、走ること自体がもたらす結果に強く結びついています。
ランニングというスポーツはシンプルで走れさえすればよく、かつ、速く走れれば記録が伸びて成長できるという意味で、下り坂世代でも簡単に成長を実感できます
「中年クライシス」は、残りの人生に意味を見つけることと関係します。人生の意味を、実生活とは関係ない趣味のマラソンに見出せるかどうかは微妙なところですが、仮に仕事や家庭に意味を見いだせない状況にあったとしたら、ランニングでの成長は中高年にも大きな自信をもたらしてくれることは間違いありません。
また、身体が鍛えられ強くなることで若さを感じられることも、中高年に「まだまだやれる」という希望をあたえることでしょう。
折り返し地点を過ぎた下り坂の人生に新たな意味や使命を見出すことは、ランニングだけでは難しいかもしれませんが、自信を与えるという点からみれば、ランニングが「中年クライシス」を乗り越えるための大きな助けになるはずです。中高年でランニングを始めるひとが多いのは、ここに秘密がありそうです。