本書『EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅』の著者スコット・ジュレク氏は、以前このブログでちょっとだけ紹介した『BORN TO RUN 走るために生まれた』(クリストファー・ マクドゥーガル著)にも登場するウルトラマラソン界のトップランナーです。
私はウルトラマラソン(42.195km以上のレース)は走ったことがありませんので、100kmを超えるようなレースで優勝するランナーの精神と肉体については想像もつきませんでした。
しかし、この本を読んで「なるほど」と思いました。
やはり文化系の私とはモノが違います。
捻挫した足で優勝してまうのです。痛みなどこらえるのは当たり前です。
とても真似できません。
スコット・ジュレクという人
才能あふれる人間がいかにしてトップランナーになるのかが、この本を読めばよくわかります。
どんなに才能に恵まれた肉体を持っていても、環境が整わなければその道に進むことすらできません。
著者の父親は厳格で、家では厳しいしつけをします。その半面、森に子供を連れていき狩猟を教えるなど、アウトドア生活の基本と楽しさを学ぶ機会を著者に与えるなど良き父としても振舞いました。一方、母親は病気のため、著者は子供のころから家事全般を手伝うことになります。母のサポートを通して忍耐力を身につけるとともに、人間の身体や心についての理解を深めていきます。
ジュレク氏は、高校でクロスカントリースキー選手となり、持久力を鍛えるためにランニングを始めます。このときに、大親友と出会い、ともにトレーニングに励んだことでランニングの才能が目覚めます。やがて、ウルトラマラソンに出場し、その後も結果を出し続けることでキャリアを積みあげ、世界有数のウルトラランナーとなりました。
著者はこれまで参加したレースを振り返るとともに、家族との関係、友人や恋人との出会いなども語ります。才能が開花するには、人との出会いや環境も大切ということでしょう。
様々なレース
この本のメインテーマであるウルトラマラソンに関しては、描かれるレースはどれも過酷で、著者はこれでもかというほど身体を痛めつけられます。レースでランナーを襲うアクシデント、痛みや苦しみの描写からは、第一線のウルトラランナーの精神性を垣間見ることができます。そして、こうした困難を乗り越えていく過程こそが重要である、と私たちに思い出させてくれます。
私は知りませんでしたが、ウルトラマラソンでは長いレースになると夜も走るためヘッドライトをつけることがあるようです。この時に、ライバルに自分の存在を知られないようにするため、ライトを消して走ることもあるとのこと。ウルトラマラソンは奥が深い。戦術が多彩過ぎる(笑)。
また、ウルトラマラソンでは嘔吐などは当たり前。フルマラソンで胃腸がやられる自分としては、屈強なランナーでも嘔吐することがわかり少し安心させられました。
メキシコのタラウマラ族の走りを描く『BORN TO RUN 走るために生まれた』にもジュレク氏は登場します。ジュレク氏は『BORN TO RUN』では脇役でしたが、自身の著書である『EAT & RUN』では自分の視点から、同じレースについて語っています。登場人物たちを違う視点から捉えるているので興味深く、ウルトラマラソン界の第一人者であってもタラウマラ族の走りをリスペクトしている部分はとても気持ちよく感じました。『BORN TO RUN』が好きなひとは、この『EAT & RUN』も面白いこと間違いありません。
食事について
ジュレク氏は、母親が病気のために、家事を手伝う必要がありました。料理をすることも彼にとっては当たり前のことだったからで、料理をすれば食品にも詳しくなります。
また、母親のリハビリをしていた理学療法士と出会ったことで、彼自身も後に理学療法士の道を選びます。職業上不可欠な人体の知識はもちろん、レースに必要な栄養の知識も同時に身に付けていったようです。
そして、レースを重ねて経験を積み、もっとも速く走るための食事を考えるように至ったときに、彼は完全菜食主義者(ヴィーガン)になります。
ジュレクさんの菜食主義は、自分の身体とレース経験によって選ばれたもので、動物虐待反対といったイデオロギー的なものとは関係ありません。ウルトラマラソンという極限のレースを少しでも速く走るために、完全菜食主義を選んだのです。この菜食主義については、石川弘樹さんが巻末の解説で効果があると書いていますが、問題もあるようです(ジュレクさんと親交のあった石川さんの解説だけでも読みごたえがあります)。
本書はまた、ジュレク氏おすすめの長距離ランナー用のベジタリアン料理レシピも多数紹介。「アップルシナモン・グラノーラ」「スターバースト抗炎症スムージー」「チョコレート・あずきバー」など一度試してみたいものがたくさん。ふだん何を食べるべきか迷っているランナーにも役立つ情報が多数掲載されています。
EAT&RUNコラム
本書の章の間に、1ページ程度の短い14のコラムが載っています。このコラムは、ランニングにおける呼吸法、体幹、着地やストレッチなどについて説明。ランナーにとって基本的なものについては、外国人のウルトラランナーの視点から書かれていて、日本人のマラソントレーナーが書いたものとは少し違った印象を受けます。理想のストライドや着地については、知らなかったことがあり役に立ちました。
また、完全菜食主義者としての視点で書かれたカロリーやたんぱく質の取り方は普段の食事について考える上でも参考になります。
走りから得た哲学
この本のまとめにあたるエピローグでは、著者の哲学と思想が、2010年の24時間レースの模様とともに詩的情緒の中で描かれています。
「誰だって負けることがある」という誰もが認める真実に対して、著者はこう言います。
負けることが生き方を決めるんじゃない。負けたあとに何をするか、つまり負け方が大切だそして、レースについて。
人生はレースじゃない。ウルトラマラソンだってレースじゃない。そう見えるかもしれないけれど、そうじゃない。ゴールラインはない。目標に向かって努力をして、それを達成するのは大切だけれど、一番大事なことではない。大事なのは、どうやってそのゴールに向かうかだ。決定的に重要なのは今の一歩、今あなたが踏み出した一歩だ。
●『EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅』(スコット・ジュレク著)
Amazon