なぜ走る? 文化系レベルランニング

東京マラソン2010にたまたま当選してしまった「読書が趣味」の文化系人間。40代半ばを過ぎた今も、なぜ走り続けているのか? 走ることの意味を問い続ける平凡なランナーが、身体や心理のことからグッズ、レース、書籍のことまで幅広い視点から展開する、一味違うランニングブログです。

「東京マラソン2010」出場が決まった2009年秋、フルマラソンの前にハーフマラソンに出ておいた方がいいと友人に言われ、「諏訪湖マラソン2009」にエントリーしました。
半分旅行目的で、「誘われたから」というだけの主体性ゼロ。

とはいえ、21kmという距離ですら、マラソン未体験の当時としては、まったく未知の距離。さすがに練習は必要と思い、まず10月末開催のこの大会で21㎞完走を目指し、ランニング練習を始めました。

私も当時はまだアラフォー30代、頭も身体も今よりずっと「キレ」があったはず・・・たぶん。歩くことは嫌いではなかったので、5kmくらい東京の街をブラリと散歩することはたまにありました。
さて、諏訪湖マラソンへの練習はというと、自宅近くの小川にちょっとした公園が1kmほど整備されていたのでこれを利用し、往復約2㎞程を走ることにしました。2kmといえば、ハーフマラソンの10分の1ほどの距離ですが、基本的に文系運動不足人間の自分にはなかなかの距離。ジョギング程度のスピードでも走り終えると心地良い疲労を味わうことが出来ました。そして、

練習後に飲むビールが最高にうまい!

まだ20㎞はおろか10kmもまともに走ったことのない気楽な初心者ランナーの軽い練習。軽いわりには簡単に得られた大きな充実感。シャワーの後の冷たいビールの喜び。さらに続く心地よい眠り。何の主体性もなく始った私のランニングですが、出だしはかなりうまい具合に生活に刺激が加わってとてもとても新鮮で楽しいものとなりました。

この頃の爽快感は、読書が趣味の文系人間には意外な驚きで、身体を軽視し頭でっかちだった自分を改めるきっかけとなったでした。

2015年も11月となり、本格的なマラソンシーズンが始まりました。
そして、自分もいつの間にか年を重ね、40代の半ばになっていました。
文系人間だった自分が、いつの間にか6年もマラソンをしている。
なぜだろうか…

マラソンを続けている人たちの多くは、私と同じようにわけもわからず
続けている人が多いのではないでしょうか?

私のマラソンとの出会いは、「東京マラソン2010」でした。
2009年の夏、友達に勧められて興味本位で応募して、
当選通知が届くと「すごい」「おめでとう」と友人知人から祝福の言葉が・・・
なぜ褒められるのかわからないものの、
何だか嬉しくなって「参加費が高いな」と思いつつも支払いを済ませると、

フルマラソン42.195㎞に挑戦決定!

この瞬間、私のマラソン歴がスタートしました。

しかし、人々の祝福もエントリーの興奮も収まると、

42㎞走る?
誰が?
自分が???

と疑問が度々わきおこるようになりました。


それもそのはず、走らない人にはマラソンは間違いなく「苦行」です(笑)。

「マラソン」なんて聞くと中学・高校での持久走を思い出したりして、
苦しい気持ちになったりしませんか?
私もそうでしたので、走らないひとの気持ちはよ~くわかります。
「苦行」って普通の人はあまりやらないですからね。

それでも、インドア人間の自分がそれでも出場を決めたのは、
なんといっても好奇心。
苦行だろうが何だろうが、殺されるわけではないし、
自分にどんな変化が起こるのか試してみたかったのです。
苦行なら悟り開けるかもしれないし!(嘘ですが)

恐らく、マラソン大会に初めて参加する人の80%は、
「未知への挑戦」や「好奇心」が動機となっているのではないでしょうか?
残りの20%は、「苦行好き」・・・かな?

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