なぜ走る? 文化系レベルランニング

東京マラソン2010にたまたま当選してしまった「読書が趣味」の文化系人間。40代半ばを過ぎた今も、なぜ走り続けているのか? 走ることの意味を問い続ける平凡なランナーが、身体や心理のことからグッズ、レース、書籍のことまで幅広い視点から展開する、一味違うランニングブログです。

2009年の諏訪湖ハーフマラソン

これが人生初のマラソン大会でした。
事前の練習は週2~3回。最長距離は10㎞を1回、皇居を仲間と2周(5㎞×2)。
10㎞ランで少し足が痛くなったものの、「10㎞走れれば大丈夫」と言われて翌週レースを迎えました。
レース前日に高速バスで仲間とともに現地入りし、翌日のレースに早寝して備えました。

レース当日は曇っていたような気がします。
スタート地点で何人かに分かれ、速い人たちは前に、自分と遅い人たちは後ろに並び、スタートの号砲を聞きました。
初めてのマラソンです。
参加者はそれぞれのランニングウェアに身を包み、ゴールを目指して走ります。
沿道にはたくさんの人が応援に集まりお祭りムード。
初めてのマラソン大会の雰囲気を満喫しながら、序盤は一緒に参加した数人と会話をしながら快調に走りました。

3kmくらい走ると仲間のペースがやや速く感じられたため、私は付いていくのをやめて一人旅になりました。
「自分のペースで行けばよい。目標は完走すること」と切り替えました。
ペースは普段の2kmジョギングと同じくらいだったと思いますが、長丁場を考慮し脚を残そうと一段ペースダウン。
ゆっくりと走ることにしました。

ところが、6㎞くらいからでしょうか。右膝にかすかな違和感を感じるようになりました。
さらに1kmほど走ると違和感が、はっきりと痛みに変わりました。
この時は膝の外側にある腸脛靭帯を傷めてしまったのですが、初心者の私にはこの痛みがどんなものかわかりません。
同じ走り方で負担をかけ続けれは症状はさらに悪化するとも知らず、そのままのゆっくりペースで走り続けました。

10㎞付近。「おお10kmも走ったか!」と少しは思ったかもしれませんが、膝の痛みがひどくなり、ついに歩くようになりました。
スタート時たくさんいたはずのランナーはいつの間にかずいぶん減り、周りには歩いているひともちらほら。
同じように、しんどそうにしている人に話しかけて気を紛らわせたりもしましたが、そういう「歩きランナー」達にも最後は置いていかれるようになりました。

そして14kmすぎ。膝の痛みがついに耐え難いものとなり、歩くこともできず座り込んでしまいました。
私の記念すべき初レースの結果が決った瞬間。

初レース、14㎞で無念のリタイア!

しかしこの時、この結果についてはどうでもよく、ただただ足が痛くてどうやってゴールに行けばよいのか、座り込んでそればかり考えていました。

と、そこに! 救護車が通りがかり私の前で止まりました。「大丈夫ですか?乗っていきます?」
何という奇跡! 渡りに船とはこのことで、車に乗り込みホッとしました。
途中、気分が悪くなったランナーが何人か乗ってきてぐったりしいて、重苦しい雰囲気に・・・。
足が痛いだけの自分は仮病を使っているような気分になり、何となく居づらくて、すこし具合が悪いふりなどもしました(今となっては良い思い出・笑)。
本来は、リタイアしたランナーは収容バスが拾っていくのですが、それを知らなかった私はたまたま通りがかった救護車に乗車したというわけです。負傷していたのは事実でしたが・・・

いろんな思いをしてようやくゴール地点に到着したのは、制限時間が過ぎた後のこと。心配した仲間が探しにきてくれていました。
足を引きずり、ゆっくりとしか進めない私に、みんなが同情の眼差しとともに声をかけてくれました。
リタイアは私一人で、帰りの高速バスは、強がって明るく振舞ったものの内心かなり落ち込んでいました。

さて、初レースの失敗についてですが、原因は明らかに練習不足
21㎞走るのに、1回2㎞の練習は少なすぎた。
今はそれがよくわかりますが、当時は初めての経験でわかりませんでした。
練習しなくても完走できる人もいますが、自分は基礎的な運動能力が低い文系人間。
五体満足なのに貧弱な自分が情けないなあ、と思いました。

しかし、悔しさは、失敗克服への原動力

これ以後、マラソン練習のメニューを見直し、次の東京マラソンを目指しました。
初レース初リタイア、しかしこの時こそが、自分の本当のスタートでした。

「東京マラソン2010」出場が決まった2009年秋、フルマラソンの前にハーフマラソンに出ておいた方がいいと友人に言われ、「諏訪湖マラソン2009」にエントリーしました。
半分旅行目的で、「誘われたから」というだけの主体性ゼロ。

とはいえ、21kmという距離ですら、マラソン未体験の当時としては、まったく未知の距離。さすがに練習は必要と思い、まず10月末開催のこの大会で21㎞完走を目指し、ランニング練習を始めました。

私も当時はまだアラフォー30代、頭も身体も今よりずっと「キレ」があったはず・・・たぶん。歩くことは嫌いではなかったので、5kmくらい東京の街をブラリと散歩することはたまにありました。
さて、諏訪湖マラソンへの練習はというと、自宅近くの小川にちょっとした公園が1kmほど整備されていたのでこれを利用し、往復約2㎞程を走ることにしました。2kmといえば、ハーフマラソンの10分の1ほどの距離ですが、基本的に文系運動不足人間の自分にはなかなかの距離。ジョギング程度のスピードでも走り終えると心地良い疲労を味わうことが出来ました。そして、

練習後に飲むビールが最高にうまい!

まだ20㎞はおろか10kmもまともに走ったことのない気楽な初心者ランナーの軽い練習。軽いわりには簡単に得られた大きな充実感。シャワーの後の冷たいビールの喜び。さらに続く心地よい眠り。何の主体性もなく始った私のランニングですが、出だしはかなりうまい具合に生活に刺激が加わってとてもとても新鮮で楽しいものとなりました。

この頃の爽快感は、読書が趣味の文系人間には意外な驚きで、身体を軽視し頭でっかちだった自分を改めるきっかけとなったでした。

2015年も11月となり、本格的なマラソンシーズンが始まりました。
そして、自分もいつの間にか年を重ね、40代の半ばになっていました。
文系人間だった自分が、いつの間にか6年もマラソンをしている。
なぜだろうか…

マラソンを続けている人たちの多くは、私と同じようにわけもわからず
続けている人が多いのではないでしょうか?

私のマラソンとの出会いは、「東京マラソン2010」でした。
2009年の夏、友達に勧められて興味本位で応募して、
当選通知が届くと「すごい」「おめでとう」と友人知人から祝福の言葉が・・・
なぜ褒められるのかわからないものの、
何だか嬉しくなって「参加費が高いな」と思いつつも支払いを済ませると、

フルマラソン42.195㎞に挑戦決定!

この瞬間、私のマラソン歴がスタートしました。

しかし、人々の祝福もエントリーの興奮も収まると、

42㎞走る?
誰が?
自分が???

と疑問が度々わきおこるようになりました。


それもそのはず、走らない人にはマラソンは間違いなく「苦行」です(笑)。

「マラソン」なんて聞くと中学・高校での持久走を思い出したりして、
苦しい気持ちになったりしませんか?
私もそうでしたので、走らないひとの気持ちはよ~くわかります。
「苦行」って普通の人はあまりやらないですからね。

それでも、インドア人間の自分がそれでも出場を決めたのは、
なんといっても好奇心。
苦行だろうが何だろうが、殺されるわけではないし、
自分にどんな変化が起こるのか試してみたかったのです。
苦行なら悟り開けるかもしれないし!(嘘ですが)

恐らく、マラソン大会に初めて参加する人の80%は、
「未知への挑戦」や「好奇心」が動機となっているのではないでしょうか?
残りの20%は、「苦行好き」・・・かな?

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