なぜ走る? 文化系レベルランニング

東京マラソン2010にたまたま当選してしまった「読書が趣味」の文化系人間。40代半ばを過ぎた今も、なぜ走り続けているのか? 走ることの意味を問い続ける平凡なランナーが、身体や心理のことからグッズ、レース、書籍のことまで幅広い視点から展開する、一味違うランニングブログです。

前回記事で「ゼエゼエ走ること」について書きました。
それで、ふと考えました。ゼエゼエ走る文学はあるのか?

これまでにこのブログでは村上春樹氏のエッセーを紹介したことがありますが(カテゴリー「村上春樹氏に「走ること」を学ぶ」参照)、小説ではありませんでした。「ゼエゼエ走ること」は物語としてはなかなか成り立ちにくい。
でも、走る文学の名作はあります。そう、走るといえば、日本人ならみんなが知ってる太宰治の『走れメロス』

なぜこの物語が有名かというと、教科書によく載っているからだそうです。私はこの作品読んだような気がしますが、はるかな昔のことで、ほとんど覚えていません・・・
内容について知っているのは、「友人を救うためにメロスは走った」くらいの記憶だけ。
つまり、私はこの国民的名作をよく知らないのです。これはいけないと、この機会に、まず『走れメロス』を読んでみることにしました。

『走れメロス』を読んでみた40代後半ランナー

読んでみた結果は、意外でした。
この話、メロスがピンチの友を救うために走った話と思っていましたが、そうではないのです。

救うのですから、友が何らかのヘマ(借金や犯罪)をして、捕らわれの身になってしまい、その友人を救うのに走ったのだと勝手に思っていました。

違いました。とんでもない誤解です。

死罪を言い渡されたメロスは、自分が必ず戻ることを信用してもらうために、一番大切な親友を人質に差し出したのです。期限までに戻らなければ、友は死刑。戻ったら自分が死刑。そんな絶望的状況です。この作品は「親友を救う話」では、まったくないのです。しかも親友を人質に差し出す時点で、もはや「親友」かどうかも疑わしいです。が、まあ、それは置いておきます。

ところで、私はこの作品の登場人物たちの人間関係やその心理の分析をしたいわけではありません。
知りたいのは、メロスの走りです。昨者とっては「走ること」よりも他のことが大事かもしれません。しかし、私は「ランナーとしてのメロス」にしか興味がありません。必死で走るときの人の有りようを知りたいのです。なので今回は、ランナーとしてのメロスにとって重要だったことだけを見ていこうと思います。

メロスはどんな走りをしたのか?

『走れメロス』の主人公メロスは、シラクスという街から故郷までの10里の道を往復します。自分の身代わりに人質となった親友を、残虐な王様から解放するためです(走りとはこの辺りの状況の説明も省略)。

10里はだいたい40km。フルマラソンの距離くらい。
帰りも40kmで計80km。この往復80kmを3日間で行えばいい。距離だけなら大して難しくありません。フルマラソン完走したことがあるランナーならそれほどではないです。

しかし、この40kmの道のり、どうやらフラットではありません。「ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり」とあります。
」があるのです。
メロスはトレランをしていたのです。

トレランの40kmは、フラットなマラソンに比べて体力的にかなり厳しくなります。時間も倍増する可能性もあります。山の標高や高低差、道の険しさについては書かれていないので、どうなのかわかりませんが、普通のマラソンコースよりはずっと難しいはず。

故郷に向かう「往路」は、深夜にシラクスの町を出て一睡もせず翌日の午前に故郷に到着。徹夜でランニングはなかなかハードですね。

故郷からの帰り「復路」は、二日後(3日目)の早朝に出て陽が沈むまでに戻らなければなりません。しかし、うっかり者のメロスは妹の結婚の祝宴に参加して寝坊までする始末。とはいえ、休養は十分とれたでしょうし、早朝だったのでまだ時間に余裕がありました。途中、間に合うことが確実になると、なんとウォーキングに切り替えるのん気さです。親友への想いを疑りたくなりますが、これも重要ではありません。

ところが、やはり物語です。豪雨で橋が落ちた川の濁流を渡ることになったり、山賊に命を狙われたりと、走り以上に道中の出来事が困難。しかし、私が知りたいのは、こういった偶発的な事件の顛末ではありません。あくまで、マラソン文学としての『走れメロス』ランナーのメロスなのです。

ランナーとしてのメロスはどうなの?

メロスのランナーとしての力を見てみましょう。
そもそも練習もなくいきなり40kmを走るというのはふつうの人には無理があります。マラソンランナーなら、練習もなく40km走ることがいかに困難なのか知っています。しかも山越えのトレラン。途中歩いたとはいえ、40kmを自分の足で移動するのは途方もない脚力持ち主に見えます。

メロスはその困難をやすやすとやってのけます。けっこうな体力自慢の韋駄天というところでしょう。この走りに加えて、濁流を泳ぎ切り、山賊をやっつけます。トライアスロンに近いかもしれませんが、そんなものではありません。どちらも命がけですから、ストレスも大きい。心身ともにツライでしょう。

しかし、そんなスーパーマンのメロスでも、さすがに、トレラン、洪水、山賊退治で疲れ果ててしまいます。そして、ついには血まで吐いてしまいます
呼吸もできず二度三度、口から血が噴き出た

吐血の原因は何なのかはわかりません。が、もし現代のマラソンやトレランのレースだったら、即中止ですね・・・

物語ですから、もちろん血を吐くのもなんでもありですが、走りすぎて血を吐くというのは、もともとどこか悪かったような気がします。脱水や熱中症で気を失ってしまうというのは現代のマラソンでもあると思いますが血を吐くのはひどい。よほどの重症です。
 それでも走ったメロスは、牧人(羊飼い?)なので足が強かったのでしょう。体力はとにかくある。根性もあります。

「走れメロス」のリアリティ

いきなり40kmトレイルを走れてしまう屈強な男メロス。つくり話のスーパーヒーローに見えてしまいますが、そうではありません。人間的な一面ももっています。

一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。

峠を登り切って、ゼエゼエ呼吸をしてしまうメロス。全文を通して「荒い呼吸」の描写はここだけですが、山をのぼり切り息が上がるこの部分はリアリティを感じさせます。ランナー目線では、血を吐くのはリアルに感じませんが、息が上がるのはリアルっぽい。

ところで、なぜメロスはこんなにゼエゼエ走るのでしょうか?それは親友を裏切らないという信念があるから
この信念こそが、メロスの走りの原動力です。箱根駅伝でタスキをつなぐ選手の責任感にも似ています。この作品が教科書に載るのは、この辺りを学んで欲しいからでしょうか?

この物語にリアリティを与えるものがもう一つあります。それは、メロスの心に生まれる「葛藤」です。

濁流の川を渡り、山をのぼり、山賊と戦うと、さすがのメロスも疲れます。ここに午後の暑い陽ざしが メロスにふりそそぎ、意識をもうろうとさせます。
この肉体的な疲労の極限で、勇者メロスが悪い気を起こしかけます。
濁流と山賊を全力で切り抜けた自分を、よくやったと言い、自分を誉めます
ほかの人間ならできないようなことを自分はやった。だから、たとえ完走できなくてもよいだろう、と考えます。全力は尽くしたという言い訳。人間的、あまりに人間的。

この人間的な葛藤が私にはよくわかります!わかりすぎるほどわかるのがツライ(笑)
私はフルマラソンに参加すると途中でこういう葛藤によく出会うのです。「練習は限られた時間の中で精一杯やった。普通のサラリーマンは、マラソンなんかやらない。フルマラソンに参加しているだけでもすごいことだ」こんな言い訳が浮かんでは消え、レース途中で歩くことや棄権することを考えるのです。

もっとも、私はマラソン大会はよほどのことがない限り完走はします。しかし、途中で苦しくなったり足が痛くなったりすると、続けるか、棄権するかで心に葛藤が生じるのです。これもリアルです。マラソンレースの心理のリアル

メロスが走り切ったのは、親友からの信頼

私のような普通の市民ランナーも、マラソンでは苦しい思いをします。それでも完走できるのはメロスほど苦しくないからです。
また、前回書きましたが、「自己ベストを出したいという欲」と、「ライバルに勝ちたいという欲」。この2つの欲によって、ふつうのランナーが、マラソン大会でゼエゼエ走ってしまうのです。そして、私もまた、欲をベースにしてマラソンのゴールを目指すのです

一方、メロスは親友を人質に差し出す「ろくでなし」ですが、すでに書いたとおり、血を吐くまで走って親友との約束を守りました。メロスが葛藤を乗り越えて、予定時刻に間に合ったのは、自分を信じて待つ親友を裏切らないためです。

普通の市民ランナーは欲を力に走るので、意外と簡単に自分の目標となる自己ベスト更新を諦めてしまいがちです。

レースで自己ベストを出したい気持ち。その先には何があるのでしょうか?
自己ベストを出せばマラソン仲間に自慢できます。しかし、その程度の欲だから、血を吐くまで走ろうとは思えません。自己ベストを諦めて簡単に歩いてしまうでしょう。
それとも、自分に勝つことでしょうか?自分に勝つことを自分に約束しても、たいていの人は負けてしまうのではないでしょうか?ダイエット情報の氾濫をみれば、自分自身への約束が当てにならないことはよくわかります。

走れメロスの命がけの走りから学んだこと

マラソンでもなんでもそうですが、今の目標の先にあるものを見据える必要があります。それが他人に自慢したい程度の欲であるのなら、意外と簡単に諦められるし、実際に諦めてしまいます。
自己ベスト更新をより確実なものとするためには、メロスの信念のようなもっと大きな目的が必要かもしれないのです。

大切なひとからの信頼を裏切らないように走る。ふつうの市民ランナーがマラソン大会にこんな気持ちで参加することはほとんどないでしょう。とはいえ、大切な人との信頼や約束にこたえようという気持ちは、人生の大舞台で成功するための動機としてはとても強いものになりますし、苦難を乗り越えるためのエネルギーにもなるはずです。

『走れメロス』は物語です。メロスの走りは、超人的で、やや現実離れしています。しかし、メロスを完走へと導いたものは、その体力ではなく、大切な人への思いと相手からの信頼なのです。
ランニングは体力だけでなくメンタルも大切です。信念があれば、苦しさと葛藤を乗り超えて自分の力以上の力を発揮し、自分のマラソンを走りぬくことができる。こんなテーマを、マラソン文学としての『走れメロス』から今回私は読み取りました。

自己ベストの向こう側を目指して走る。ここにこそが、走り続けることの新しい可能性があるような予感がしています。

以上、40代後半ランナーの読書感想文でした。

ゼエゼエ走るのって、キツイですよね?

大人になっても走るのが嫌いなひとは、中学・高校時代に部活や体育の授業で散々走らされて、ゼエゼエ言った覚えがある人ではないでしょうか?

しかし、実は私、ゼエゼエ走ることがそんなに嫌いではありません。

これを聞いたら、普通の人は私のことを変人と思うことでしょう。たぶんランナーの人でも、私を変人とみなす人は多いはずです。

昔は私もゼエゼエ走ることは好きではありませんでした。ランニングを始める前までは、とてもそんな風に考えることはできなかったのです。

「ゼエゼエ走る」のは3Kです

簡単にいうと、ゼエゼエと息が上がるまで走ることは、「きつい、苦しい、怖い」の3つのK、つまり3Kがついてきます。まず体が、特に足の筋肉がキツイ。そして、ゼエゼエと呼吸が激しくなって苦しい。さらに、心臓麻痺で死んでしまうのではないかと不安も起こるので怖いのです。

スポーツ以外では異常事態

もし、街中でスーツを着た人が猛ダッシュしていたら、それは緊急事態を予感させます。例えば、時間に遅れそうな人は走るものです。「遅刻しそうなんだなあ」とか、適当に理由を想像して私たちは納得します。

でも、ゼエゼエ息が上がるまで走り続けるスーツのひとは見かけることがほとんどありません。ゼエゼエ走る人はスポーツ以外ではほぼ見かけません。走ってゼエゼエするには500mは必要ではないかと思いますが、その距離をダッシュできるひとはあまりいないですし、それ以上の距離は、自転車・バイク・タクシーなどほかの手段を考えるものでしょう。5分の遅れなら、相手に電話を入れておけば済みそうです。

ランニングをしているのでもないのに、街を歩く服でゼエゼエ走っているひとがいたら、それは異常事態と言えそうです。

走ってもいないのにゼエゼエしたら「息切れ」

ところで、身体を激しく動かしてもいないのにゼエゼエなるのはふつう「息切れ」と呼ばれます。原因は、肥満による心臓への負担、過労やストレスによる脈拍や血圧の乱れ、肺・心臓・脳血管の障害などがあるようです。

肥満や運動不足が原因なら、ジョギングやウォーキングででかなり解決できそうな気がします。マラソンランナーは、日常的に走っているので、少し体を動かす程度で息切れする人は少なさそうです。

多くのランナーは、あまりゼエゼエしてないのではないか?

街でジョギングをしている人たちは、汗はかいていても、ゆっくりで息が上がらない程度に気持ちよく走っているものです。普段よく走る人でも、ゼエゼエと息が上がるほど走る人は少ない気がします。

マラソンランナーでも、私くらいのレベルでは、ゼエゼエ走る人はそんなに頻繁には見かけません。最初からゼエゼエ走っていたら、フルマラソンは到底最後まで持ちません。実際のレースで、スタート直後からゼエゼエ走ってるひとがいますが、大抵は10kmくらいで失速します。つまりオーバーペースです。

マラソンはだいたいゼエゼエ走るものではありません。私がゼエゼエ走るのは、登り坂と、ハーフマラソンの残り2~3kmだけです。何度も記事に書きましたが、これは私にとって、よくあるハーフマラソンの光景です(笑)。

ゼエゼエ走るマラソンランナーとはどんなランナーなのか?

実は、マラソンランナーは、「ゼエゼエ派」と「そうでない派」に分かれます。
ふつうのマラソンランナーがゼエゼエ走らないしたら、だれが走るのかと言えば、それは記録を狙っているランナーか、誰かに勝ちたいランナーです。

ゼエゼエやるランナーは、レースでやります。終盤に自己ベストが見えたりすると、最後はまず間違いなくゼエゼエ走る(笑)。しかし、フルマラソンの場合はゼエゼエ走りたくても足がついてこないので、息が上がらないこともあります。ハーフマラソンでゼエゼエするのは最後の1kmでも余力があってスピードがあがるからです。

さらに、近くを走っているランナーに負けたくない気持ちもゼエゼエ走らせる動機になります。自己ベストは諦めていても、残り1kmでさっきまで横にいたランナーに置いて行かれそうになると、闘志に火がついたりします
闘争本能なのか何なのかわかりませんが、タイムは良くなくても勝つために息が上がるまで走ることもあるのです。

しかし、この闘志も考えもので、自動車運転でも同じ感情が起こりうるので、あまり感心しません。危険なので心の制御ができるようになってから、誰かと勝負をしましょう

マラソンランナーをゼエゼエ走らせるものは何なのでしょうか?
それは「」です。
欲とは本当にすごいものです。小欲知足では、マラソンの記録は生まれないのです。

ゼエゼエ走ることのメリット

上で書いたことは、レース中のことでしたが、マラソンで記録をねらうランナーは練習でもゼエゼエ走ります記録につながるメリットがあるからです。

まず、ゼエゼエ走ることで、心肺能力が鍛えられるからです。心配能力の強化は長距離ランナーにも効果があります。
私もインターバルトレーニングなどのスピード練習を取り入れてから、フルマラソンで3時間半を切れるようになりました。ゼエゼエ走ることで、実際にレースのタイムが上がったのです。ただし、100mや200mのダッシュを繰り返すだけで42km走れるようになるわけではないので、長距離走の練習も必要です。

そうは言っても、やっぱり怖い

ゼエゼエ走ると心肺能力や足腰が鍛えられてタイムが上がります。しかし、ゼエゼエし苦しい呼吸が続くと、やはり身体によくないのではないかと思いますし、心臓麻痺で死ぬのではないかと思います。
特に、始めるまでの時間は不安があります。まずはゆっくり1kmくらい走って体を少し温めて血の巡りをよくしてから取り組むようにしています。

ゼエゼエした後に得られるものもある

そして、これは私だけかもしれませんが、息がゼエゼエしたあとは、とても気持ちいい爽快感があるからある程度続けられるような気がします。この爽快感はいいもので、仕事のストレスなどは吹き飛んでしまうことがあります。

だから、ゼエゼエ走るのが昔ほど苦ではないのです。 今シーズンの私のレースはすべて終わりましたが、まだ時々ゼエゼエする練習をやってます。すでにレースが終わっているので、記録狙いや勝ちたい目的ではありません。爽快感もありますが、レースのための欲がないと、3kを乗り超えてゼエゼエ走るまで気持ちを高めることはできません。
実は、レースなしでゼエゼエ走ることができるのは、他の理由があります。それについては、また近いうちに書こうかと思っています。


3月24日(日)、愛知県豊橋市で開催された「豊橋ハーフマラソン2019」に参加しました。

このレースは今年10回目となる記念大会。私は過去に6回ほど出場しています。今は人気のあるこの大会ですが、2011年の第2回大会ではなかなか人は集まらなかったような・・・

また、正式に公認大会となり距離も正確になりました。非公認の大会は距離がいい加減だったりしますが、正しい距離の公認大会では本当の実力がわかります。正式な記録として扱われることも嬉しい。

地元豊橋市も力を入れているようで、豊橋駅近くの街中で使えるクーポンなどもあります。私もレース後は街にくり出しました!

今回の記事は、そんな「豊橋マラソン2019」のレポートです。


前回レース「静岡マラソン2019」で学んだ「準備」の大切さ

まず、この大会に向けての準備についてです。
これまでは、マラソン大会の準備はおろそかにしがちでした。しかし、前回記事でご報告した通り、準備の大切さというものがわかりました(記事はこちら)。

ところで、昨年までの私にとって、豊橋マラソンの位置づけは、掛川マラソン(フルマラソン)への「つなぎ」でした。例年、私のシーズン最終戦は4月半ばに開催される掛川マラソンです。豊橋マラソンは、静岡マラソンと掛川マラソンの2つのフルマラソンの間にあるレースだったのです。

今年は掛川マラソンは出場できず、豊橋マラソンが今シーズンの最終戦です。なので、今年の豊橋マラソンは自己ベスト更新も視野に入れて、練習に励みました

今回の練習内容

ハーフマラソンについては、フルマラソン用の練習をしていれば、基本的には十分と私は考えています。ペースが速いので、スピードに慣れる必要はありますが、フルマラソンの練習でもスピード練習はしていました。今回は、2月末に静岡マラソンあったので、この豊橋マラソンのための特別な練習はしていません。静岡マラソンの後、一番気をつけたことは、体重を増やさないために毎日走ることでした。

目標タイムは1時間29分切り。今回は公認大会の1時間29分切りは、私にとって大きな価値があります。

レース直前の準備

練習では特別なことをしていませんが、準備は入念に行いました。

まずは、体重管理のために、昼ご飯は少なめにしました。簡単におにぎり一つで済ませることも。
ハーフマラソンではカーボローディングは不要です。前日は脂っこいものを避け。消化のよいものだけを食べるようにしました。

前日の土曜日は、走らず足の疲労回復につとめました。その夜と当日の朝にはアミノバイタルGOLDを飲んでBCAAなどを補給。静岡マラソンでも、前日の夜と当日の朝にアミノバイタルGOLDを飲んで調子が良く、レース翌日は筋肉痛もなく仕事を普通にこなすことができました。だから、今回も同じようにBCAA ローディング(?)しました、笑。レース後の疲れ対策が40代後半ランナーにはとても大切です。

そして、今回のレース直前には、アミノバイタルの「リフレッシュチャージ」ゼリーでダメ押しBCAA。このゼリーもBCAAですが、レモン風味でサッパリしていて飲みやすいです。

また、前夜には天気予報で当日の天気と気温を確認。Tシャツ、短パン、靴下などもそろえておきました。気温が低くなりそうなので、アームウォーマーとミレーの網シャツ(これは夏場のトレランに欠かせない汗対策グッズですが、真冬のマラソンでも着ている暖かい優れものです)も準備しておきました。もちろんファイテンベルトも!

ちなみに今回のシューズは「ウェーブエンペラー」のレース用です(こちらの記事で紹介しました)。森町マラソンでは「ターサージール5」(こちらで紹介)を履きましたが、タイムが良くなかったので、今回は「ウェーブエンペラー」で挑戦です。

そして今回、ハーフマラソンの準備としては初めて取り組んだのがコースの下調べ。大会資料のコースマップとグーグルマップで照らし合わせて、どんなコースなのかをインプットしました。
今年のコースは昨年と同じことがわかったので、昨年のラップタイムを見ながら、タイムが落ちたポイントを確認。ハーフマラソンの準備としては、「やり過ぎ?」と思えるぐらいです。

ここまでやってダメなら仕方ない。仕事でもここまで準備はしません(笑)。仕事はルーチンワークも多く、準備がなくてもできることが多いですから何とかなってしまう。(よくないですね)


準備が整った40代後半ランナーの「豊橋ハーフマラソン2019」の様子

会場到着~スタート

到着は8時。近くのコインパーキングに車を停めて、歩いて会場に行き、参加賞を引き換えました。今回の参加賞のTシャツ。色は「白っぽい緑色」で文字はピンク。色使いが珍しい。

私が持つ過去の豊橋マラソンのTシャツを数えたところ、今年の分を入れて計6枚ありました。2011年の第2回大会の「白」は、私が初参加したときのもの。8年経ってます。時が過ぎる速さに目まいがする40代後半ランナーです(笑)。

豊橋マラソンのTシャツの生地は、他の大会と比べるとけっこう薄い。ペラペラだ、と文句を言う人もいますが、私は着心地が柔らかくて気に入っています。ペラペラですが意外と丈夫。2011年の「白」は今も着ています。

参加賞の受け取りテントの横では、バナナのサービスがあり「そういえば去年ももらったなあ」と前年のことを思い出しました。記憶がだんだん悪くなってきてます(笑)。

参加賞をもらった後は車まで戻ってゆっくりと着替え。風が強くて外はで待つのは寒そうなので、整列締め切り時間9:50の10分前に整列しました。

風は強いものの、真冬とは違い、日差しが暖かい。集団の中で風をしのいで、号砲を待ちました。


スタート~7km

スタート時間は10:00。
体調は良好で、疲れも痛みも無し。直前にアミノバイタルのゼリーを半分ほど飲み、残りはポケットに。

スタート位置の太い2本の柱の上に、一抱えほどの大きな白い風船が半分ほど頭を出しているのが見えました。変わったデザインでした。

10:00号砲
この時、柱の上の大風船が割れて、中から赤や黄色の小さな風船が舞い上がりました。10回大会の粋な演出!

スタート時、私の位置は最前列から15mくらい後ろ。Aブロックとはいえ、スタート直後は混雑して、自分のペースでは進めません。競技場を出てコースが狭くなる公園の遊歩道では、転ばないように気をつけました。

混雑は道路に出ると解消。ここからが本番です。

最初の1km、2kmのラップタイムはキロ4:15。目標タイムの1時間29分を切るには、平均でキロ4:12~13が必要です。やや遅めのペースですが、今回はネガティブ・スプリットで後半から上げていく作戦。気持ちにも余裕があります。

2km地点手前には、路面電車の線路わきを走り、3km地点には小川沿いの桜並木を駆け抜けます。残念ながら今年は桜が咲いていませんでしたが、昨年は咲いていたことを思い出しました。その場に来ないと思い出せない・・・。

5kmの給水ポイントでスポーツドリンクをとりました。ここは「遊歩公園」を挟んだ折り返しコース。ここも桜並木が印象的なポイントですが、当然ここも開花していません。

この大会にはすでに6回も出ているため、スタートからこの公園の折り返しまでは、何となく記憶が残っています。(だから思い出すことができるのです!)
しかし、ここを過ぎると印象に残りにくい光景が続きます。40代後半ランナーには記憶が曖昧ですが、前日グーグルマップで学習していたため、要所要所は見当がついていました。

7km~14km

7kmからは北上します。住宅が多いバス通り。

周囲のランナーも7kmくらいになると固定してきました。前方に女子が一人いて、このペースなら女子としてはかなり上位ではないでしょうか。

今回、(私がレース中に勝手に選んで)ペースメーカーになっていただいたのは、小柄な茶色Tシャツの男性。森町マラソンと静岡マラソンで出会った小柄な男性に後姿が似ていたので、何となくついて行きたくなりました。
今回のこの小柄な男性のペースは、だいたいキロ4:15くらいで私にはちょうどいい。「よろしくお願いします」と心の中で。

10kmのエイドでは、スポーツドリンクを給水。疲れや痛みはありません。
もうすぐ半分、そろそろペースを上げる時期なので、給水で遅くなったのを立て直しつつ少しだけスピードを上げてみました。何とか行けそう!

ところが、すぐ先の田園地帯に差し掛かると、強烈な風! 強烈すぎる!!

この風は静岡マラソンの150号線の比ではありません。コースが西向きになると完全な向かい風で、真っ直ぐに進んでいるのに押し返されそう。

しかも、私の後ろにピッタリとくっつくヤツがいて、ちょっと気になりました。しかし、ここで腹を立ててペースを乱しては自分の負け。平常心、平常心。ここが40代後半の貫禄です(笑)。

しばらくして、コースの進行方向が変わり、横風になるとその男は私を抜いて行ったので、ちょっと悔しい思いがありましたが、まあ気にしても仕方がないので、自分の走りに集中。(前のランナーの風よけの効果ってあるんですかね?私レベルのスピードではあまり意味がなさそうな気もしますが・・・)

こうしてペースを上げたものの、向かい風で失速、あとは横風や向かい風で、少し持ち直したりまた落ちたり。13kmを過ぎて堤防沿いに来てからは風との戦いでした。


14km~18km

14kmを通過してレースの2/3が終了。残り7kmとなりました。強風でやられたランナーが多く、まわりでは少しずつ脱落していきます。ペースメーカーとして後方から私が見ていた小柄なランナーも脱落しました。川沿いを下るということは、道も下っているはずで本来なら楽になるはずなのに、風が強すぎて全然楽にならない

そんな中、15~16kmの2kmほどは堤防を降りて風が弱まりました。体に力が戻り、ペースはキロ4:10に。少し離されたものの、頑張る女子の姿も見えました。まだまだ行ける!ネガティブ・スプリット!

17km手前には登り坂があり、ここもまた大変。しかし、ここを過ぎれば、もう坂はありません。ここからラストスパートと行きたいところ。


18km~FINISH

しかし、18km地点からは堤防がつづき、とてつもなく強い風が襲ってきました。前の女子は体重が軽いでしょうから風の影響も大きいはずですが、落ちてきません。日本の女子は強い!

完全な向かい風が、川の向こうから勢いを増して吹いてきます。我慢、我慢。ひたすら我慢。19km地点のラップタイムは4:30。ペースを上げているはずなのに落ちています。ゼエゼエ・・・(息です)

しばらくして、堤防が終わってようやく風が弱まり、20kmからは恒例の全力疾走。ゼエゼエ、ハアハア(この呼吸続く)。 強風がなくなって走りやすいものの、すでに堤防で体力が使ってしまい、ペースはキロ4:10。これ以上上がりません。

そのままのペースで競技場が見えてきたとき、前の女子が落ちてきました。最後の追い込みのスピード勝負では女子は男子と比べて不利ですね。でも速いです。

そして、競技場に入って全力疾走。何とか一人抜いてゴール!

タイムは1時間29分29秒。

残念ながら、1時間29分は切れませんでした。
しかし、もしこの強風がなかったなら、おそらく目標には届いたことでしょう。タラレバの話はしても意味ないですけどね。


まとめ:40代後半でもまだまだ成長できます!

静岡マラソン2019に引き続き、入念に準備して挑んだ豊橋ハーフマラソン2019。コースの下調べについては、コースを事前にある程度把握していると走りやすいことがわかりました。ペースの上げ下げなど、事前に対応できるからです。コースの難所を知っておけば、その前に無理して疲れてしまうような事態を避けられます。

BCAAを前夜寝る前と、当日朝起きてから飲みました。その効果と思いますが、回復力がよく、疲れがほとんど残りませんでした。40歳代以降の中高年ランナーだけでなく、20代のランナーにもお勧めします。

今回も忘れ物がなかったのも良かった。時計を忘れたりすると、レースに集中できなくなる可能性もあります。

シューズは、ウェーブエンペラーでしたが、とても走りやすかった。私としてはハーフでは、ターサージールよりも走りやすく感じています。

とにかく、今回は強風に翻弄されたレースでしたが、40代も後半にして、昨年を上回る記録でゴールできたことはかなりの収穫でした。

40代後半からでも、まだまだ成長の余地はあります。中高年の皆さん頑張りましょう!



ちなみに、2011年のコースはこちらになります。最後の方がけっこう変わりましたね。

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